防衛大臣辞任というどん底を経験した稲田朋美氏は、その後どのように自らの政治キャリアを再建したのでしょうか。2026年現在の彼女の立ち位置は、防衛相就任以前の「タカ派保守の闘士」というイメージとは大きく様変わりしています。
転機となったのは、失脚後に本格化させた「女性議員飛躍の会」の立ち上げと、多様性尊重を掲げた政策活動です。稲田氏は自民党筆頭副幹事長や幹事長特別補佐などの党内要職を歴任する中で、かつて自身を支えた岩盤保守層の価値観に真っ向から挑戦する姿勢を示し始めました。その象徴が、2023年に成立した「LGBT理解増進法案」における中心的な取りまとめ役としての活動です。
超党派の議員連盟と連携し、性的マイノリティへの理解増進を進める法整備を強力に推進した稲田氏に対し、古巣である保守論壇やネット右派からは「保守の裏切り者」「リベラルへ変節した」との猛烈なバッシングが巻き起こりました。地元・福井県の支援組織の一部からも離反者が出るなど激震が走りましたが、彼女は「真の保守とは多様性を認め、誰もが生きやすい社会を作ることだ」として自説を曲げませんでした。
2024年の衆議院議員総選挙においても、自民党への猛烈な逆風と保守分裂の危機を乗り越えて小選挙区(福井1区)での議席を死守。派閥解消後の自民党内において、石破政権やそれに続く新たな党内秩序の中で、無派閥ながら政策調整能力を持つ実力派代議士として独自のポジションを確立しています。防衛相時代の挫折を乗り越え、単なる「誰かの後継者」ではなく、自らの政策ビジョンで勝負する成熟した政治家へと変貌を遂げた姿が、2026年現在の偽らざる現在地です。