ネット上の情報やSNSでは、吉丸一昌および『早春賦』に関して一部で事実と異なる誤解や都市伝説が見受けられます。史実に基づく正確なポイントを整理します。
第一に、「『尋常小学唱歌』の名曲(故郷や朧月夜など)はすべて吉丸一昌が個人で作詞した」という誤解です。実際には、文部省の編纂委員会において吉丸一昌は歌詞主事(実務責任者)を務めており、作詞の実質的な筆頭は高野辰之でした。吉丸一昌の真の功績は、独断で書くことではなく、国文学者としての厳格な校閲と統括によって、合議制のなかで最高水準の歌詞へと昇華させた「編集・ディレクション能力」にあります。
第二に、「『早春賦』の舞台は安曇野ではなく東京の武蔵野である」という説です。吉丸自身が武蔵野近郊に居を構えていたことから生じた議論ですが、彼が音楽指導や保養で頻繁に信州を訪れていた事実や、歌詞に見られる雪解けと遅い春の描写の整合性から、安曇野の自然風景が決定的な着想源であったとする見解が研究者の間でも定説となっています。