井上陽水がファンの前から忽然と姿を消したように見えた契機は、2019年から2020年にかけての時代の転換点にあります。2019年、デビュー50周年の節目を記念して行われた全国ツアー『光陰矢の如し』を大盛況のうちに完走。70歳を超えてなお圧倒的な歌唱力と飄々としたトークで満員の観客を魅了しましたが、その直後に世界的な新型コロナウイルス感染症のパンデミックが直撃しました。
当時、多くのベテランアーティストがライブ活動の中止や延期を余儀なくされましたが、感染状況が落ち着いた後も井上陽水が再び大規模ツアーの計画を発表することはありませんでした。この沈黙こそが、ファンの間で「このまま静かに幕を下ろすつもりなのではないか」という引退理由をめぐる憶測を呼ぶ最大の引き金となったのです。
音楽業界関係者の証言によると、本人が公式に引退を発表しない背景には、彼特有の人生哲学があります。「辞める」と声高に宣言してファンに過度な感傷を強いることを好まず、やりたい時に歌い、休みたい時に休むというスタンスを一貫して崩していません。無理に老骨に鞭を打って過密日程をこなすのではなく、50周年の大仕事を終えた満足感と社会環境の変化が重なった結果として、自然な長期休止を選択したと捉えるのが極めて自然です。