『心の瞳』が世に送り出されたのは、1985年5月22日のことでした。東芝EMIからリリースされたシングル『懐しきlove-song』のB面(カップリング曲)として収録されたのが、すべての始まりです。
作詞を手掛けたのは『時の過ぎゆくままに』や数々のヒット歌謡で知られる荒木とよひさ、作曲は昭和の歌謡史に燦然たる足跡を残した名匠・三木たかしという黄金コンビでした。当時、40代を迎えていた坂本九は、若き日の『上を向いて歩こう』や『見上げてごらん夜の星を』といった国民的ヒットの残像を超え、「大人の歌手として、これからの人生をかけて歌い続けられる本格的なバラード」を熱望していました。
そうして完成した『心の瞳』を、坂本九は一聴して激賞。「これは素晴らしい曲だ。これからはこの歌を僕の代表曲として、一生涯大切に歌い続けたい」と周囲のスタッフに熱く語り、地方コンサートやラジオの公開収録でも好んで披露していました。しかし、運命の歯車はあまりにも残酷でした。シングル発売からわずか3カ月後の1985年8月12日、坂本九は乗客乗員520名が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故に巻き込まれ、帰らぬ人となったのです。
大々的なプロモーションが行われる前だったこともあり、レコードは商業的な大ヒットに至ることなく、そのまま歴史の闇へと消え去るかに見えました。坂本九のラストシングルに刻まれたB面の楽曲は、こうして静かにその歩みを止めたはずでした。