1959年にロカビリー歌手としてステージに立った藤木孝は、カバー曲「ルイジアナ・ママ」や「レッツ・ツイスト・アゲイン」などで爆発的なヒットを記録します。当時日本中を席巻したダンスブームに乗り、「ツイスト男」「ツイストNo.1」の異名を取るトップアイドルとして熱狂的な支持を集めました。
しかし、歌手としての人気が頂点にあった1962年、22歳という若さで突如として歌手引退を宣言します。「歌って踊るだけの消費される存在ではなく、生涯を通して通用する本格的な表現者になりたい」という強い意志のもと、文芸坐演劇研究所や文学座で本格的な芝居の基礎を徹底的に叩き込みました。