本作を語る上で避けて通れないのが、主演を務めた裕木奈江に対する異常なまでの大衆バッシングです。当時、裕木は独特のウィスパーボイスと憂いを帯びた瞳、どこか浮世離れした儚げな佇まいで「おとなしい男性の理想像」として熱狂的な支持を集めていました。しかし、本作で「親友の父親を奪う略奪愛の当事者」を演じたことで、風向きは劇的に変化します。
当時の女性誌やワイドショーは、こぞって「女性が嫌う女性の典型」「男に媚びるあざとい女」という論調を展開しました。視聴者が役柄の「保木育未」に抱いた嫌悪感が、演者である「裕木奈江本人」の実像へとダイレクトにすり替えられてしまったのです。
後の特番インタビューや手記において、関係者は「彼女の卓越した演技力が、皮肉にも視聴者に現実との境界線を失わせるほどリアルだった」と証言しています。しかし、加熱するメディアスクラムは彼女のプライベートや人格否定にまで踏み込み、当時のバラエティ番組でも格好のパロディ対象にされる事態へと発展しました。現代の視点で見れば、明白な集団いじめの構造であり、SNSが存在しない時代におけるマスメディア主導のキャンセルカルチャーの典型例といえます。
心身ともに追い詰められた裕木は、次第に日本の民放ドラマの第一線から距離を置くことを余儀なくされました。一人の類まれな才能が、大衆の過剰な投影とメディアの視聴率至上主義の犠牲になった出来事でした。