法律上の大前提を述べるなら、任意同行は拒否できるかという問いに対する答えは「完全に拒否できる」です。警察官から「署でお話を伺いたい」と言われても、「急いでいるので行きません」「その場でお答えします」「書面で呼び出してください」と断ることは、国民に保障された憲法上の権利(居住・移転の自由、身体の自由)の行使に過ぎません。
では、任意同行を拒否したらどうなるのでしょうか。現場の運用実態は、法理論のようにスムーズにはいきません。警察庁の内部捜査マニュアルや実務経験者の証言からも明らかなように、警察官は一度目をつけた対象者を簡単に解放しません。実際に拒否を伝えた現場では、次のような事態が連鎖的に発生します。
第一に、複数名の警察官による執拗な包囲と説得が始まります。露骨に腕を掴むといった物理的強制は違法捜査の口実を与えてしまうため避けられますが、身体の正面に立ちふさがったり、移動しようとする方向へ先回りしたりして、事実上その場から離れられない状況を作り出します。現場の録音記録やSNS・相談掲示板などに寄せられる当事者の生々しい告白を見ても、「断っているのに『5分だけでいいから』と1時間以上囲まれ続けた」「車に乗るまで道を塞がれた」といった被害相談が頻発しています。
第二に、拒否された警察側が水面下で進めるのが任意同行から逮捕状発付の実態への移行です。もし警察側がすでに防犯カメラ映像などの客観的証拠を握っており、逮捕状の発付基準(犯罪の嫌疑と逃亡・罪証隠滅の恐れ)を満たしつつある段階だった場合、拒否して立ち去ろうとする行為そのものが「逃亡の恐れがある」と判断される材料になり得ます。現場の警察官が無線で本署に連絡を入れ、待機させていた捜査員に裁判所へ通常逮捕状の請求を走らせるケースは珍しくありません。
さらに深刻なのが任意同行から緊急逮捕される理由に発展するパターンです。刑事訴訟法第210条に定められた緊急逮捕は、死刑や無期、長期3年以上の懲役・禁錮にあたる重大な罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ急速を要して令状を請求できない場合に認められる特例です。たとえば重大事件の被疑者と疑われている人物が、任意の呼び止めを無視して猛ダッシュで逃走を図ったような極端な局面では、その逃亡行動を理由に緊急逮捕へ切り替えられるリスクが生じます。