歌舞伎界において「御曹司」と呼ばれる名門出身者が大半を占めるなか、中村莟玉の生い立ちは異例中の異例です。本名や家族構成、入門の経緯を整理すると、本人の並外れた熱意と周囲の理解があったことが浮き彫りになります。
莟玉の父親は出版社に勤務するサラリーマンであり、歌舞伎とは直接の利害関係を持たない文化人家庭でした。母親とともに幼い頃に歌舞伎座へ足を運んだ際、当時わずか2歳から3歳の莟玉自身が舞台の色彩と音響に魅了されたことが、すべての始まりです。
日本舞踊を習い始めた莟玉の素質に気づいた指導者が、歌舞伎の舞台稽古やオーディションを勧め、子役として舞台に立つ機会を得ます。その現場で実力と愛らしさ、何よりも芝居に対する真摯な姿勢が四代目中村梅玉の目に留まり、2005年に「中村梅丸」を名乗って部屋子(へやご:師匠の楽屋に預けられ、御曹司と同等の扱いを受けて芸を学ぶ弟子)として正式に入門しました。