穏やかな日常が突如として暗転したのは、2012年4月のことでした。同居していた自宅マンションで、田宮さんが突如激しい頭痛を訴えて倒れ、緊急搬送されたのです。下された診断は「くも膜下出血」。脳動脈瘤が破裂し、一刻を争う極めて危険な状態でした。
約8時間にも及ぶ大手術の末、奇跡的に一命を取り留めたものの、田宮さんの身体には重篤な後遺症として左半身麻痺が残りました。医師から厳しい現実を告げられた浅野さんは、取り乱すことなくパートナーを支え抜く覚悟を決めたと伝えられています。ここから、2年半に及ぶ過酷な闘病とリハビリの日々が始まりました。
浅野ゆう子さんが見せた献身は、並大抵のものではありませんでした。女優としての過密な撮影スケジュールを縫いながら連日のように病室へ通い詰め、田宮さんの手足をさすり、励まし続けました。さらに退院後の生活を見据え、自宅を完全にバリアフリー仕様へと改修。自ら車椅子を押してリハビリ専門病院への通院を支え、復帰を信じて歩行訓練を共に続けました。当時の様子を知る医療関係者や知人は、「弱音ひとつ吐かず、ただひたすらに田宮さんの回復だけを祈り行動していた」とその姿勢を高く評価しています。
しかし、過酷なリハビリの甲斐むなしく、2014年11月6日、田宮さんは容態が急変し、47歳という若さで息を引き取りました。浅野さんは最期の瞬間までベッドサイドでその手を握りしめ、パートナーの旅立ちを看取ることとなったのです。