水野晴郎氏の最大の強みは、単なる机上の評論家ではなく、映画産業の最前線で揉まれてきた「現場のプロ」であった点にあります。
慶應義塾大学文学部英文科中退後、米映画配給会社である20世紀フォックスの極東極秘宣伝支配人にまで上り詰めた経歴を持ちます。『ポセイドン・アドベンチャー』や『タワーリング・インフェルノ』といったパニック映画の金字塔において、宣伝プロモーションの手腕を存分に発揮し、日本国内での大ヒットを牽引しました。「どう見せれば観客の心が震えるのか」を骨の髄まで理解していたバックボーンが、後の解説者としての平易かつ情熱的な語り口を支えていたのです。
さらに水野氏の人生は規格外の好奇心に満ちていました。警察大学校を卒業して警察行政に携わり、日本列島銃器対策本部の特別捜査官を務めるなど、映画界の枠を飛び越えた活動を展開。そして晩年には、自ら製作・監督・脚本・主演を務めた『シベリア超特急』(通称:シベ超、マイク・ミズノ名義)シリーズを世に送り出します。
第二次世界大戦前夜のシベリア鉄道を舞台にしたこのサスペンス映画は、公開当初こそ粗削りな演出が話題となったものの、水野氏の溢れんばかりの映画愛と徹底した古典リスペクトがカルト的な人気を博しました。後には舞台化や続編の連続製作など一大ムーブメントを形成し、「どんな批判を受けようとも自分の愛する映画を作り切る」という姿勢は、多くの映画人やファンから深い敬意を集めました。