映画ファンのコミュニティなどで時折見受けられるのが、「怖くないホラーなんて、恐怖映画としての体をなしていない失敗作ではないか」という偏見です。しかし、この見方は映画史およびジャンルの進化論から見て大きな誤解と言わざるを得ません。
ホラーコメディやダークファンタジーと呼ばれる領域は、映画ジャンルの中でも「最もハイレベルな演出力と計算された脚本技術」を要求される分野です。恐怖という感情は、人間の生存本能に直接働きかけるため、大きな音を出したり奇怪なクリーチャーを突如映し出したりすれば、比較的容易に観客を動揺させることができます。一方、「怖くないのに画面から目を離せない状態」を作り出すには、キャラクターへの愛着、テンポの良い会話劇、シチュエーションの不条理さを笑いに変える知的なユーモアが不可欠です。
つまり、怖くない名作ホラー群は手抜き作品などではなく、ホラーの定石(お約束)を熟知した一流のクリエイターたちが、そのルールをあえて解体・再構築することで成立させた高度なエンターテインメントなのです。怖がらせることだけを目的にしていないからこそ、観客は不快な緊張感に苛まれることなく、純粋な物語のダイナミズムを堪能できます。