タイの高等教育機関で制服が義務付けられてきた背景には、タイ独自の近代化の歩みと社会統合の理念が存在します。その起源は19世紀後半、名君として名高いラーマ5世(チュラーロンコーン大王)が推進した教育近代化政策に遡ります。欧米列強の植民地支配から独立を守るため、西洋式の規律と近代的な学校制度を導入した際、身分制度を排して「学生」という統一された身分を示すシンボルとして制服が採用されました。
法的な根拠となっているのが、1939年に制定され2008年に改訂された「学生服法(Student Uniform Act B.E. 2551)」です。タイの教育省関係者の解説によると、この法律の主眼は「学内における貧富の差を目立たなくさせること」にありました。タイは所得格差が比較的大きい社会構造を有しており、私服通学を認めると家庭の経済状況が衣服のブランドや品質に露骨に現れてしまいます。全身を同一の規定服で統一することは、キャンパス内においてすべての学生を平等な学問の徒として扱うための防貧的・実用的なセーフティネットとして機能してきた歴史があります。
また、タイでは最高学府である国立大学の卒業式において、王室メンバーから直接学位記が授与される伝統が長く続いてきました。大学に所属することは国家的なエリート集団の一員となることを意味し、規律正しさと所属機関への帰属意識を可視化する手段として、制服の着用が学則によって厳密に管理されてきたのです。