中村梅雀の家系図を紐解くと、そこには江戸歌舞伎の源流から昭和・平成のエンターテインメント史へと直結する、重厚な演劇人の系譜が浮かび上がります。
家系の礎を築いたのは、祖父にあたる三代目中村翫右衛門(1901–1982)です。翫右衛門は名門・成駒屋の血を引く歌舞伎役者でありながら、1931年に松竹主導の封建的な興行システムに反旗を翻し、四代目河原崎長十郎らとともに「劇団前進座」を結成した革命児でした。映画『人情紙風船』をはじめとする数々の傑作で圧倒的なリアリズムを見せつけ、戦前・戦後の日本文化界に巨大な足跡を刻んでいます。
その革命精神と至高の演技力を受け継いだのが、梅雀の父親である四代目中村梅之助(1930–2016)です。梅之助は劇団前進座の幹事長として劇団を支える傍ら、1970年にテレビ朝日の前身であるNET系で放送開始された『遠山の金さん捕物帳』の初代・遠山金四郎役に抜擢。「これにて一件落着」の決め台詞と、豪快かつ情味あふれる桜吹雪の殺陣でお茶の間を席巻しました。さらに『伝七捕物帳』や大河ドラマの主役級など、国民的スターとして時代劇の黄金期を牽引した存在です。
この二人の巨人のもとに長男(本名:三宅悟)として誕生したのが中村梅雀です。幼少期から楽屋に出入りし、1965年に9歳で初舞台を踏み、1980年に祖父の前名である「二代目中村梅雀」を襲名。まさに歌舞伎の名門家柄という揺るぎない正統性を宿しながら、その血脈の重圧と向き合い続けてきた歴史があります。