『M』が何十年もの間、失恋した人々の涙を誘い続ける最大の理由は、心理描写の圧倒的なリアリティにあります。
冒頭の「いつも一緒にいたかった」という純粋な呟きから始まり、歌詞の中には失恋直後の人間が陥る特有の行動パターンや喪失感が克明に描かれています。
特にリスナーの心を抉るのが、「あなたのいない右側に 少しは慣れたつもりでいたのに」という描写です。ドライブの助手席なのか、並んで歩く歩道なのか、いつも自分の隣(右側)にいた最愛の人が突如として消えてしまった日常の違和感が、たった一行のフレーズで鮮烈に浮かび上がります。
また、昭和・平成初期の時代背景を色濃く反映した「手帳のアドレス」というモチーフも象徴的です。スマートフォンでワンタップ消去できる現代とは異なり、紙のアドレス帳にペンで刻まれた電話番号や住所は、消しゴムでも消せません。別れたからといって簡単に塗りつぶせない相手への執着と未練が、物質的な重みを持って迫ってきます。