歌舞伎の名門の流れを汲み、劇団「前進座」の創設者の一人である三代目中村翫右衛門を祖父に、前進座の屋台骨を支えた四代目中村梅之助を父に持つ梅雀さん。まさに劇団のサラブレッドとして生を受けた彼は、1965年に子役として初舞台を踏み、桐朋学園短期大学演劇専攻を卒業後の1980年に正式入団しました。
劇団の将来を背負う看板役者として期待され、女形から立役まで幅広い役柄をこなして高い評価を得ていましたが、2007年秋、51歳のときに27年間所属した前進座を退団しました。劇団のトップスターの離脱は、演劇界に大きな衝撃を与えました。
この退団について、ネット上では「劇団幹部との不和」といった無責任な憶測も飛び交いましたが、実際の真相は表現者としての真摯な渇望にありました。集団生活と共同制作を基本とする劇団の枠組みの中に留まり続けることで、役者としての可能性に制約が生じることへの危機感、そして外部の多様な映像作品や音楽活動に自由に挑戦したいという強い意欲が退団の決定打となりました。
前進座時代とフリー転身後の活動形態を比較すると、その劇的な進化が明確に浮き彫りになります。
まさに武道の理念である「守・破・離」を地で行く決断でした。伝統の型を身体に叩き込んだうえで(守)、劇団の壁を打ち破り(破)、独自の表現者として羽ばたいた(離)からこそ、現在の唯一無二のポジションが成立したといえます。