詩織さんを殺害し、嫌がらせを主導した犯人グループには、司法の場で厳しい刑事責任が問われました。主犯格から実行犯に至る判決の理由と、それぞれの経緯は以下の通りです。
主犯・小松和人(不起訴):
事件直後から偽名を使って全国を逃走。警察の捜査網が狭まる中、2000年1月、北海道弟子屈町の屈斜路湖で水死体となって発見されました。警察は自殺と断定し、被疑者死亡のまま書類送検・不起訴処分となりました。自らの口で法廷で真実を語ることなく命を絶った結末は、遺族にとって永遠に晴れない無念を残すこととなりました。
指示役・小松武史(無期懲役確定):
弟である和人の依頼を受け、実行犯たちを手配して犯行計画を主導。裁判では「殺人の意図はなかった」「脅迫のつもりだった」と主張しましたが、裁判所は「執拗かつ組織的な犯行であり、人命軽視の態度は甚だしい」と断じ、首謀者としての重大な責任を認定。2006年に無期懲役が確定し、現在も刑務所に収監されています。
実行犯・久保田祥史(懲役18年):
武史から報酬を受け取り、桶川駅前で詩織さんの胸部を刺傷して直接死に至らしめた実行犯。裁判では実行役としての責任が重く見做され、懲役18年の判決が確定。すでに刑期を満了して出所しています。
共犯・伊藤武史、川上祥隆(懲役15年):
見張り役や逃走用車両の運転役を務めた両名には、それぞれ懲役15年の実刑判決が下されました。彼らもすでに刑務所での服役を終えています。