1983年の連続テレビ小説『おしん』放映当時、小林綾子さんはわずか10歳から11歳。極寒の山形ロケで冷たい川の水を浴び、過酷な奉公生活を体当たりで演じる姿は日本中の涙を誘いました。社会現象化したことで、当時の彼女のスケジュールは殺人的な過密状態に陥り、移動中や楽屋でも教科書を開く日々が続いたといいます。
一般的な子役であれば、ブームの熱狂に乗ってそのまま芸能活動に専念するか、芸能コースのある学校へ進路を取るケースが大多数でした。しかし、彼女が立教大学文学部心理学科という難関アカデミズムの門を叩いた背景には、2つの明確な理由が存在します。
第1に、「普通の一人の人間としての視点・教養を失いたくない」という強い信念です。当時の特番インタビューや手記において、小林綾子さんは「子役という特殊な世界だけに閉じこもるのではなく、同世代の友人と同じように勉強し、社会を知ることが女優としての厚みにつながる」と語っています。浮ついた芸能界の空気に流されず、地に足をつけた学生生活を優先しました。
第2に、「心理学」という学問が持つ演技術への還元性です。他者の感情を追体験し、表現する女優業において、人の心がなぜ動き、どのようなメカニズムで葛藤が生じるのかを体系的に学ぶことは、演技の深層アプローチに直結します。立教大学で学んだ心理学の知見は、彼女が子役から大人の本格派女優へと脱皮する上で、極めて強固な論理的支柱となりました。