1992年から1993年にかけて日本中を席巻した『島唄』の爆発的ヒットは、バンドとしての知名度を頂点へと押し上げた一方で、ソングライターである宮沢和史に強烈なプレッシャーとアイデンティティの問い直しを突きつけました。沖縄音楽と真摯に向き合って傑作を世に送り出した宮沢は、次なる音楽的探求の地として南米・ブラジルへと旅立ちます。
リオデジャネイロのストリートで鳴り響く生のサンバ、名門エスコーラ・ジ・サンバ「マンゲイラ」の圧倒的な熱気、そして生活の貧しさや苦しみを笑顔のステップへと昇華させる民衆のエネルギーに触れた宮沢は、「日本の言葉とメロディで、日本人にしか作れない本物のサンバを鳴らしたい」という強い衝動を抱きました。この旅での強烈な体験こそが、1994年発表のアルバム『極東サンバ』、そして翌年シングルカットされた『風になりたい』の揺るぎない原点です。
レコーディング現場では、本格的なサンバのグルーヴを再現するため、スルド(大太鼓)、ヘピニキ、タンボリン、アゴゴといったブラジルの民族打楽器を大々的に導入。単にリズムを模倣するのではなく、THE BOOMのロックサウンドと見事に融合させ、「誰もが空き缶や手拍子ひとつで参加できる開放的な音楽」という唯一無二のアンサンブルを完成させました。