瀬田玉川神社 歴史 経緯を紐解くと、この地が開拓された戦国時代末期の天正年間にまで遡ります。社伝および公式記録によると、約450年前に武蔵国荏原郡瀬田村の草創とともに創建されたと伝えられています。当初は修験道に縁の深い神仏習合の「御嶽神社(みたけじんじゃ)」として奉斎され、武勇に優れた日本武尊(やまとたけるのみこと)を主祭神として祀っていました。そのため、現在でも代々この地に暮らす古くからの氏子の間では、親しみを込めて「おみたけさん」の愛称で呼ばれ続けています。
神社の歴史において決定的な転換点となったのが、明治後期に推進された国家政策でした。1906年(明治39年)に出された神社合祀の勅令を受け、1908年(明治41年)に村内に点在していた八幡社、熊野社、大神宮(天祖社)、六所宮などが御嶽神社へ合祀されます。これに伴って社名を「玉川神社」へと改め、のちに瀬田・玉川(二子玉川)両地区を包括する総鎮守として「瀬田玉川神社」と呼ばれる組織体制が確立しました。
この合祀の変遷により、日本武尊に加えて大己貴命(おおなむちのみこと・大国主神)や少彦名命(すくなひこなのみこと)など多彩な神々が併せ祀られることとなりました。その結果、武神の力に基づく瀬田玉川神社 厄除け 開運の祈願はもちろんのこと、国土開拓や商売繁盛、病気平癒に至るまで、極めて万能で篤い瀬田玉川神社 ご利益が授けられる名社として定着したのです。