家庭で果実酢を作る際、一般的にはホワイトリカーや穀物酢に果実を漬け込むか、水を足して糖度を調整するレシピが多く見られます。ところが、伝統的な柿酢の仕込みにおいては一滴の水も市販酵母も添加しないのが鉄則とされています。この製法が成立する背景には、柿という果実が持つ特異な生物学的・生化学的性質が存在します。
柿の表皮には、白っぽい粉のような「ブルーム(果粉)」がついています。これは果実自らが乾燥を防ぐために分泌する天然の蝋物質ですが、同時に自然界の野生酵母や有用菌の格好の住処となっています。さらに柿の果肉は、糖度が15度から18度前後と極めて高く、ブドウやリンゴに匹敵する発酵原質を備えています。仕込み水を入れてしまうと、かえって糖度や酸度が低下し、雑菌の繁殖を許す最大の引き金になってしまうのです。
製造の流れは極めて明快です。完熟して柔らかくなった柿を用意し、雑菌や埃が溜まりやすいヘタの部分だけを包丁でくり抜きます。汚れが気になる場合は固く絞った布巾で優しく拭き取る程度にとどめ、水洗いは極力避けるか、洗った場合は水分を完全に乾かすのが柿酢作りで失敗しない理由の核心です。果実を丸ごと、あるいは適度な大きさに手やナイフで割って煮沸消毒した清潔な広口瓶に隙間なく詰め込みます。
ここで極めて重要なのが「密閉しない」という点です。発酵初期にはアルコール発酵に伴う二酸化炭素が発生し、続く後期には酢酸菌が空気中の酸素を取り込んで活動するため、蓋を完全に閉めると菌が窒息してしまいます。瓶の口は清潔なガーゼや不織布、キッチンペーパーなどで覆い、輪ゴムでしっかりと留めて通気性を保ちつつ虫やホコリの侵入を遮断します。準備が整えば、あとは直射日光の当たらない15℃から25℃前後の安定した室温に静置するだけで、微生物たちのリレーが始まります。