日本国内のプロスポーツにおいて、トップカテゴリーから他競技の最前線へ転身し、頂点に立った事例は極めて稀です。北井佑季の経歴を振り返ると、その特異性が際立ちます。
神奈川県横浜市に生まれた北井は、横浜F・マリノスのジュニアユースから名門・桐蔭学園高校、近畿大学へと進学。快足アタッカーとして鳴らし、2010年に当時JFLだったFC町田ゼルビアに入団しました。その後、松本山雅FC、カターレ富山、SC相模原と渡り歩き、J2・J3の舞台で通算170試合以上に出場、20ゴール以上を挙げる実績を残しています。しかし、2018年シーズン終了後、SC相模原から告げられたのは冷酷な契約満了でした。
当時28歳。多くのサッカー選手が指導者や一般企業への再就職を模索する中、北井が選択したのは「競輪選手への転身」でした。自転車競技の経験は完全なゼロ。2019年に日本競輪選手養成所(第119期)を受験し、1発合格を果たします。31歳となる2021年5月にルーキーシリーズでプロデビューを飾ると、破竹の勢いでステップアップを重ねました。
本格デビューからわずか2年半あまりでS級上位に定着し、2024年6月の「第75回高松宮記念杯競輪(岸和田)」でG1初優勝。競輪界最高位のステータスである「S級S班」の座を奪取したのです。30代でのプロ入りからトップカテゴリーへの登頂という、競輪史にも類を見ないスピード出世の原動力は、ピッチ上で培ったプロフェッショナルとしての危機感と、過去の実績を完全に捨て去った潔さにありました。