昭和から平成、そして令和へと至る歌謡史の流れを振り返る際、『はがゆい唇』が果たした文化的役割は極めて大きいと言えます。
かつての昭和歌謡において、女性の情念は「待つ女」「耐え忍ぶ女」「男の背中を見送る女」という受動的な文脈で描かれるケースが少なくありませんでした。しかし、阿木燿子が髙橋真梨子に託した女性像は、傷つくことを自覚しながらも自らの意志で愛の深淵へと足を踏み入れる、徹底して自立した主体です。
相手に翻弄されているようでいて、実は翻弄されている自分をも冷徹に見つめている。このメタ認知的な知性と、肉体的な激しさが同居している点にこそ、本作の現代性があります。
2022年の大規模な全国ラストツアー以降も、特別ステージや厳選されたコンサート活動を通じてファンと真摯に向き合い続ける髙橋真梨子。彼女が生涯をかけて提示してきた「媚びない大人の女性の美学」は、人間関係の希薄化が叫ばれる現代社会において、他者と深く関わることの痛みと歓喜を教えてくれる貴重な教科書として機能しています。