大豆ゼロなのになぜ「豆腐」?嶺岡豆腐の真相と将軍も虜にした絶品レシピ

大豆ゼロなのになぜ「豆腐」?嶺岡豆腐の真相と将軍も虜にした絶品レシピ

大豆ゼロなのになぜ「豆腐」?嶺岡豆腐の真相と将軍も虜にした絶品レシピの真相について、専門知識を取りまとめてご紹介します。

「豆腐」という漢字が使われながらも大豆を原材料としない嶺岡豆腐。その起源を紐解くと、江戸時代中期の享保年間にまで遡ります。歴史の主役となったのは、幕政改革「享保の改革」を主導した江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗でした。

当時、吉宗公は軍馬の育成や薬用としての乳製品利用を目的に、現在の千葉県南房総市・鴨川市にまたがる安房地域に白牛(インド産の乳牛)を導入しました。この地こそが、日本酪農の発祥地として知られる「嶺岡牧場(みねおかぼくじょう)」です。

ある日、嶺岡牧場を視察に訪れた吉宗公が「急に豆腐が食べたくなった」と所望しました。しかし、山深い牧場周辺には大豆もにがりも調達できる環境がありません。そこで機転を利かせたお抱えの料理人が、「牧場に豊富にあった牛乳」を「胡麻豆腐の製法」に倣って葛粉と合わせて火にかけ、練り固めて献上したのが嶺岡豆腐の始まりと伝えられています。

吉宗公はその滑らかな舌触りと上品なコクを絶賛。以来、日本料理界では牛乳を使った料理全般に「嶺岡」の名を冠する文化(嶺岡煮、嶺岡和え、嶺岡仕立てなど)が定着しました。つまり嶺岡豆腐とは、当時の料理人の危機管理と職人技が生み出した、日本最古級のフュージョン和食なのです。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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