国語の教科書に掲載されている現代語訳は、教育的配慮から言葉の角が極限まで丸められています。しかし、詠み手たちが置かれていた文脈を正確に辿ると、美辞麗句の裏に潜む「ドロドロの愛憎劇」が浮かび上がってきます。百人一首に収められた恋の歌全43首のうち、現在で言う「両思いで幸せいっぱい」な歌はごくわずかであり、大半が叶わぬ恋、裏切られた恨み、あるいは道ならぬ不倫の歌です。
その筆頭格が、六歌仙の一人である在原業平の第17番です。
「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」
(現代語訳:神々の時代にも聞いたことがありません。竜田川の一面が、鮮やかな紅葉の赤で絞り染めのように染め上げられているなんて。)
一見すると見事な秋の紅葉を愛でる風景歌に見えます。しかし、この歌が詠まれた屏風歌の背景には、業平が生涯激しく愛し、のちに清和天皇の女御となって最高権力者の母となった藤原高子(二条の后)の存在があります。かつて身分違いの恋に落ち、高子を連れ去って逃避行を試みるも連れ戻された過去を持つ業平が、天皇の妻となった元恋人の前で披露した歌なのです。「水くくる(水を括り染めにする)」という鮮烈な赤のイメージには、かつて奪い合って流された血の記憶と、今なお胸の中で激しく燃え滾る禁断の情念が重層的に塗り込められています。
さらに陰湿な狂気を感じさせるのが、第13番の陽成院の歌です。
「筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」
(現代語訳:筑波山の山頂から流れ落ちてくる男女川が次第に水かさを増して深い淵となるように、私のあなたへの恋心も積もり積もって、底知れぬほど深くなってしまいました。)
教科書では「初々しい恋心の高まり」と教えられることの多い名歌ですが、陽成院は宮中で暴虐の限りを尽くし、奇行を理由にわずか15歳で廃位に追い込まれたとされる異端の元天皇です。歌を贈った相手は、自らを廃位に追い込んだ政敵・藤原基経の妹である綏子内親王でした。権力を奪われ幽閉同然の生活を送る失意の中で、政敵の血筋にあたる女性へ執着を注ぎ込んだこの歌には、純愛という言葉だけでは片付けられない、底知れぬ愛執と怨念が同居しています。
また、女性側の怨嗟の念を赤裸々に描いたのが、第59番の赤染衛門による一首です。
「やすらはで 寝なましものを さ夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな」
(現代語訳:来ないと分かっていたなら、ためらわずに寝てしまえばよかったのに。『今夜行く』というあなたの嘘を信じて待ち続け、とうとう夜が更けて月が西に沈むまで空を見上げてしまいました。)
これは赤染衛門が、姉妹の代わりに詠んだ代作と伝えられています。平安時代の貴族社会は、男性が夜な夜な女性のもとへ足を運ぶ「通い婚」のシステムでした。待つことしか許されない女性にとって、男が「行く」と言って来ない夜は、精神の崩壊を意味します。朝まで部屋で一人、沈みゆく月を凝視していた女性の孤独と、男に対する冷たい殺意すら漂う怨恨が、三十一文字の中に鋭く凝縮されています。