大犯三箇条とは?鎌倉幕府が守護に与えた権限の真相と覚え方を徹底解説

大犯三箇条とは?鎌倉幕府が守護に与えた権限の真相と覚え方を徹底解説

大犯三箇条とは?鎌倉幕府が守護に与えた権限の真相と覚え方を徹底解説についての真相を徹底解説します。

大犯三箇条という厳しい手かせ足かせをはめられていた守護ですが、時代が下るにつれてその枠組みを突き破っていきます。この歴史的力学が守護大名の権力拡大へとつながっていきました。

きっかけは14世紀前半の南北朝の内乱です。全国規模の動乱が常態化するなか、足利尊氏ら室町幕府は味方の武士をつなぎ止めるため、守護に対して次々と特権を付与せざるを得なくなりました。

その代表例が以下の権限追加です。

・刈田狼藉の検断:収穫期の稲を巡る武士同士の奪い合いを実力で制圧する権限
・使節遵行(しせつじゅんぎょう):幕府の裁判判決を現地の武士に強制執行させる権限
・半済令(はんぜいれい):戦時兵粮の調達名目で、荘園年貢の半分を合法的に徴発する権限

大犯三箇条という純粋な軍事・警察権からスタートした守護は、これらの新たな権限を吸収することで現地の地頭や国人を自らの家臣団へ組み込み、やがて一国を丸ごと経済的・法的に支配する巨大な「守護大名」へと化けていきました。頼朝が築いた限定的な防壁は、戦乱の激化によって押し流されていった歴史があります。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。