2021年3月末、田中優子氏が法政大学総長を退任した際、一部のネット上では「失脚ではないか」「学内抗争があったのか」といった根拠のない憶測が飛び交いました。しかし、公的記録および大学広報の発表資料を検証すると、法政大学 田中優子 総長 退任理由の真相はきわめて明快です。
法政大学の総長任期規程では、1期3年、再任を含めて最長でも連続2期(7年間)までと厳格に定められています。田中氏は2014年4月に同大学初、そして東京六大学全体でも初となる女性総長として就任しました。その後、圧倒的な支持を得て再任され、2021年3月までの丸7年間にわたり総長職を全うしました。つまり、規程に基づく任期満了による退任であり、任期満了を迎えた定例の交代劇でした。
田中総長体制下の7年間における実績は目覚ましいものがありました。「HOSEI 2030」と銘打った長期ビジョンを策定し、ダイバーシティ推進、グローバル教育の強化、キャンパスの再開発を主導しました。また、SDGsが社会的なバズワードとなる遥か以前から、江戸時代の循環型社会モデルを大学経営の基軸に据えるなど、先見の明を発揮しました。
彼女の後を継いだ法政大学 田中優子 後任は、行政学の碩学として知られる廣瀬克哉(ひろせ かつや)法学部教授です。廣瀬氏は田中体制下で常務理事等を歴任し、大学改革の屋台骨を支えた人物であり、田中氏が敷いた改革路線を着実に継承・発展させる形での円滑なバトンタッチとなりました。