ネット上の掲示板やSNSでは、「丸メガネをかけると『のび太』や『滝廉太郎』になる」「ダサく見えるのではないか」という書き込みが定期的に散見されます。このネガティブな評価が生まれる背景には、日本社会における特定の記号化(ステレオタイプ)が深く関係しています。
昭和から平成初期にかけての映像文化において、正円の黒縁メガネは「勉学一筋の偏屈な学者」や「冴えないコミカルなキャラクター」を記号的に誇張するための小道具として多用されてきました。その集合的記憶が、無意識に滑稽な印象を想起させてしまうケースがあります。
一方で、近年のカルチャーシーンでは評価が完全に二極化しています。ドラマや映画、ファッション誌において、菅田将暉や綾野剛、星野源、あるいは石原さとみといった表現者がアイコニックに丸メガネを着こなしたことで、「知性と洗練されたカルチャー感の象徴」としての認知が一気に確立されました。
著名人のスタイリング事例を丹念に観察すると、ダサく見せないための決定的な技術が見えてきます。彼らは決して「主張の強すぎる分厚い黒セルの正円」を日常使いしていません。アンティークゴールドやチタン素材の極細リムを選び、フレームの存在感を顔立ちに溶け込ませているのです。顔立ちの良し悪しではなく、「フレームの素材感と主張の引き算」ができているかどうかが、ダサさと洗練を分かつ分水嶺となっています。