1942年、電撃戦の失敗を挽回すべく、ヒトラーはコーカサス地方の油田地帯掌握を狙う「ブラウ作戦」を発動します。その要衝として激戦地となったのが、ヴォルガ川西岸に位置する工業都市スターリングラード(現ヴォルゴグラード)でした。
1942年8月から翌年2月まで続いたスターリングラード攻防戦は、市街地のがれきを巡る凄惨な白兵戦へと発展しました。ソ連軍は「一歩も退くな(ソ連国防人民委員令第227号)」の号令のもとで強固に抵抗。最終的にソ連軍の大規模な逆包囲作戦(ウラヌス作戦)が決まり、フリードリヒ・パウルス元帥率いるドイツ第6軍約9万人が降伏する歴史的敗北を喫しました。
さらに1943年7月、東部戦線の主導権奪還を狙ったドイツ軍の夏季攻勢「クルスクの戦い」が勃発。数千両の戦車が激突した史上最大の戦車戦「プロホロフカの激突」を経て、入念に防御陣地を構築していたソ連軍が勝利を収めます。この敗戦により、ドイツ軍は東部戦線における戦略的主導権を完全に失い、以後は後退戦を強いられることになりました。