1984年に現役を引退した高見山は年寄・東関を襲名。1986年には高砂部屋から独立し、外国出身力士として初めて自身の相撲部屋「東関部屋」を創設しました。墨田区本所に構えた部屋からは、大相撲史を塗り替える逸材が誕生します。
その筆頭が、同じハワイ出身の若者を見出して手塩にかけて育て上げた第64代横綱・曙太郎です。高見山親方は単に技術を教えるだけでなく、日本古来の「心技体」の精神と礼節を厳しく叩き込みました。師匠の指導に応えた曙は、外国人初の横綱に昇進し、若貴兄弟とともに「若貴・曙時代」という空前の大相撲黄金期を築き上げました。
さらに、愛嬌のあるキャラクターで国民的人気力士となった小結・高見盛(現・東関親方)など、個性豊かで実力ある力士を多数育成。外国出身親方として部屋を率い、最高位の横綱を育て上げたその指導力と功績は、大相撲のグローバル化を語る上で欠かせない金字塔です。