キャリアの出発点はフジテレビジョンだった。華やかなバラエティ番組やスポーツ中継で注目を集め、若くして全国的な人気を博す。しかし、彼女の心の中にくすぶり続けていたのは、「今、目の前で起きている真実を自らの言葉で伝えたい」という切実な欲求だった。
局アナという安定した立場を捨て、フリーランスの道を選んだ決断は、当時の放送界において異例の挑戦だったと言える。スタジオで原稿を読み上げる安全なポジションから脱却し、ヘルメットをかぶって泥にまみれる取材現場へ。その転身こそが、彼女のジャーナリストとしての覚悟の表れだった。