なぜ本人の志望とは異なる巨人への入団が決まったのか、その背景には読売グループの圧倒的な政治力と資金力がありました。当時、高橋氏が抱いていたヤクルト志望の理由には、学生時代から過ごした神宮のグラウンド環境への愛着に加え、名将・野村克也監督のもとで野球理論を学びたいという純粋なアスリートとしての向上心がありました。
しかし、窮地に陥っていた実家の負債問題に対して、ヤクルト球団や他球団が提示できる支援には限界がありました。そこに介入したのが、当時の読売ジャイアンツ首脳陣および読売本社サイドでした。メディアで報じられた読売グループによる借金肩代わり説の骨子は、巨人入団を条件に、読売サイドが懇意にする大手金融機関や不動産管理会社を通じて債務の一括整理、あるいは実質的な肩代わり融資を行うというスキームでした。
1997年のドラフト裏話として語られる証言によれば、父親の債務処理問題は本人の意思決定を縛る決定打となりました。プロ野球界における「読売ジャイアンツ逆指名事件」とも呼べるこの移籍劇は、最高峰の選手獲得競争の裏で動いた巨額マネーの存在を浮き彫りにしました。