歴史認識と外交政策において、二人のコントラストは最も顕著だ。父・洋平が官房長官時代に発表した「河野談話」は、近隣諸国との外交関係における大きな転換点となった。彼は常に外務省の伝統的な協調外交を重んじ、対話による平和構築を信条としていた。
しかし、太郎が外務大臣のポストに就いた際に見せた姿は、父の影を払拭するかのような独自路線だった。日韓問題や対中外交において、彼は現実主義に根ざした毅然とした態度を貫き、時には外交官に対しても厳しい注文をつけた。防衛装備の拡充や安全保障の強化に関しても、父が大切にしてきた理念的リベラリズムとは明確な距離を置いている。同じ「外相」という経験を持ちながらも、二人が描く日本の国際秩序観には深い隔たりが存在する。