メディア露出が急減した際、世間では「病気説」や「引退説」など根拠のない噂が一人歩きした。だが、その裏にあったのは極めてシンプルな、一人の表現者としての決断だった。
昭和から平成の芸能界は、テレビを中心とした過密なスケジュールとタイアップ中心のビジネスモデルが支配していた。ヒット曲を連発し多忙を極める中で、尾形が抱いたのは「もっと一人ひとりの聴き手と深く向き合いたい」「歌の本質を追求したい」という強い想いだったとされる。メジャーレーベルのシステムに身を置き続けることよりも、自分自身の歌声と意志でステージに立つ道を選んだ。表舞台からの撤退ではなく、自らの音楽的自由を手に入れるための積極的な方向転換だったのだ。