富士正酒造の歩みは、幕末の動乱期である慶応2年(1866年)に始まります。静岡県富士宮市上野の地で産声を上げて以来、140年以上の長きにわたり地域に深く根ざした地酒造りを継続。地元の祝い事や日々の晩酌に寄り添う「飲み飽きしない旨い酒」を実直に醸し続けてきました。
大きな転換期となったのは、2011年から2012年にかけて断行された蔵の全面移転です。長年慣れ親しんだ上野の地を離れ、富士山西麓に広がる標高約900メートルの「朝霧高原(朝霧フードパーク内)」へ酒蔵そのものを移設するという決断は、当時の日本酒業界でも大きな話題を呼びました。
移転を決断した最大の理由は、「酒造りに理想的な極限の冷涼環境」と「富士山の最上流に位置する湧水」の確保にあります。日本酒の寒造りにおいて、標高の高さがもたらす冬場の厳しい冷え込みと澄み切った空気は、雑菌の繁殖を抑え、低温長期発酵を可能にする最高の天然冷蔵庫となります。さらに、何十年もの歳月をかけて富士の溶岩層で濾過されたバナジウムを豊富に含む伏流水は、キレのある柔らかな酒質を生み出すための不可欠な要素でした。
現在、蔵の舵取りを担う9代目蔵元の佐野彰紀氏は、自ら蔵にこもり現場の先頭に立って酒造りを牽引しています。伝統の南部杜氏の技法を継承しつつ、データ管理と職人の五感を融合させた改革を推進。その実力は、平成29年(2017年)および令和2年(2026年)の「全国新酒鑑評会」における入賞など、権威ある品評会での確固たる実績によって証明されています。