読者の間で「緑谷出久が最もかっこいい時期」としてしばしば名前が挙がるのが、雄英高校を単身離脱し、荒廃した社会を一人で彷徨った「黒デク」編です。普段の穏やかな緑谷とはかけ離れた、異形の姿にファンが熱狂した背景には、視覚的なインパクト以上の構造的な理由が存在します。
まず目を奪うのはそのビジュアルの凄惨さです。オールマイトから託された黄色いマントはボロボロに引き裂かれ、コスチュームは泥と返り血に汚れ、仮面の奥で光る瞳には生気が失われていました。全身から「黒鞭」を常時放ち、まるでヴィランと見紛うような禍々しいオーラを纏ってダツゴク(脱獄囚)を狩り続ける姿は、「善意に狂ったダークヒーロー」という強烈な造形美を放っていました。
しかし、黒デクがかっこいい真の理由は、単なる外見のギャップではありません。そこには「大切な人々を死柄木やオール・フォー・ワン(AFO)の脅威から遠ざけたい」「オールマイトの過ちを繰り返さないため、自分ひとりが全ての重荷を背負わなければならない」という、痛烈なまでの責任感が渦巻いていました。食事も睡眠も削り、肉体を急速に摩耗させていく彼の姿は、利他精神が極限まで煮詰まった結果の悲劇的な美しさを宿していたのです。
この独善的な自己犠牲の暴走を止めたのが、爆豪勝己をはじめとするA組の仲間たちでした。雨が降り注ぐ中、倒れそうになる緑谷を受け止め、過去の過ちを認めて頭を下げた爆豪の「今までごめん」という謝罪。そして「おまえの力になりたい」と叫ぶクラスメイトたちの言葉によって、緑谷は「ひとりで背負う孤高の英雄」から「皆と共に歩む真のヒーロー」へと脱皮しました。痛々しい孤独を経たからこそ、その後の人間的成長が圧倒的な輝きを放ったのです。