物語の主人公であるインゲルは、誰もが見惚れるほどの美貌を持ちながら、生まれつき残酷で傲慢な心を持つ貧しい家の娘でした。幼い頃から昆虫の羽や足を平気で引きちぎり、母親の言いつけにも反抗ばかりを繰り返していました。見かねた母親の手を離れ、彼女は裕福な上流階級の貴婦人のもとへ引き取られることになります。贅沢な暮らしと綺麗な衣服を与えられたインゲルは、身分不相応な虚栄心をさらに肥大化させていきました。
数年後、上流家庭の女主人はインゲルに「故郷の母親の元へ里帰りしておいで」と勧め、お土産として焼き立ての大きな白パンを持たせました。当時の北欧において、精製された小麦粉で作られた白いパンは貧民層にとって年に数回口にできるかどうかの贅沢品であり、母親への深い思いやりを示す象徴でもありました。上等なドレスとぴかぴかの新しい靴を履いたインゲルは故郷へ向かいますが、その道中、行く手を遮る深いぬかるみや泥沼に遭遇します。
「自慢の新しい靴を泥で汚したくない」――その身勝手な一心から、インゲルは母親のために持たされたパンを泥の中に投げ捨て、それを踏み石にして泥沼を渡ろうと試みます。しかし、彼女の足がパンに乗った瞬間、パンは底なしの沼へと沈み始めました。インゲルは足を離すことができず、パンとともに泥の底、妖婆「沼の魔女」が支配する淀んだ地獄へと吸い込まれていったのです。
地下深くへ沈んだインゲルを待っていたのは、死よりも残酷な責め苦でした。彼女の身体は冷たく硬い石像のように硬直させられ、衣服には汚泥がこびりつき、足はパンの上に貼り付いたまま一歩も動かせません。動けないインゲルの顔や目元には無数のハエや虫が這い回り、蛇やヒキガエルが彼女の周りを蠢きます。地上からは、娘を案じて涙を流す母親の悲痛な叫びや、「なんて罰当たりな娘だ」と噂する世間の声が届いてきますが、初期のインゲルは自らの行いを悔いるどころか、母親や人々を激しく憎悪し、呪いの感情で心をさらに凍りつかせていきました。