奥山田のしだれ桜が他の名木と一線を画すのは、息をのむ美しさの奥に横たわる1300年を超える時間軸と、皇族にまつわる高貴な伝承である。社伝や地元の記録によると、持統天皇(第41代天皇)が三河の地を行幸された際、この地にあった花園山に立ち寄り、自ら手植えされた桜が起源であると語り継がれてきた。古くから地域住民の間では「持統桜」とも敬称され、春に咲き誇る花のボリュームによってその年の農作物の豊凶を占う神聖な依代(よりしろ)として崇められてきた歴史を持つ。
学術的にもその価値は極めて高く、昭和47年(1972年)7月4日に岡崎市指定天然記念物へと指定された。推定樹齢1300年、樹高は約17メートル、根回り約3.5メートルの巨躯を誇る。エドヒガンは本来長寿の樹種として知られるが、10世紀以上の風雪に耐え、現代まで山腹の斜面に根を張り巡らせて生き永らえている例は全国的にも稀有な存在だ。
昭和後期から平成にかけて幹の内部の空洞化や菌類の侵入による衰弱が懸念された時期もあったが、樹木医や地元ボランティアの手によって土壌改良や枯損枝の剪定、根系を保護する防護柵の設置など、多大な労力を注ぎ込んだ外科治療が施されてきた。現在見られるみずみずしい枝垂れの花は、単なる自然の偶然ではなく、地域社会が何世代にもわたって継承してきた保護活動の結晶にほかならない。