現在でこそ福々しい丸顔と柔らかな笑顔がトレードマークとなっている笑福亭鶴瓶ですが、アーカイブ写真や当時のレコードジャケットがメディアで紹介されるたび、「昔の鶴瓶が菅田将暉や人気俳優に似ていて超イケメン」というリアクションがSNS上を駆け巡ります。
京都産業大学に在学していた1970年代初頭の鶴瓶は、現在よりも体重が20kg以上痩せており、すらりとした長身にウェーブがかった長髪、知的な銀縁眼鏡という、当時のフォークソングブームを象徴するような爽やかな文学青年風のビジュアルでした。当時のポートレートを確認すると、涼しげな目元とシャープなフェイスラインが際立っており、ネット上で「塩顔イケメンの元祖」と称賛されるのも決して誇張ではありません。
そのスタイリッシュな青年像が一変したのが、1970年代半ばのことです。落語界隈だけでなくラジオ界の寵児としてブレイクする過程で、自身の強烈な個性を視覚的にアピールするため、巨大なアフロヘアーにオーバーオールという奇抜なスタイルへと舵を切りました。当時の若者文化を牽引したラジオ番組『MBSヤングタウン』で絶大な支持を集めた鶴瓶のアフロ姿は、関西の若者たちにとって反骨精神とユーモアのアイコンとなったのです。
周囲の証言によると、アフロの維持には毎日入念な手入れが必要であり、寝癖がつかないよう細心の注意を払っていたという意外に繊細な一面も語り継がれています。青年期の端正なルックスから、自ら異形のポップアイコンへと身を投じたビジュアル戦略こそ、鶴瓶がタレントとして頭角を現す最初の大胆なステップでした。