霞柱・時透無一郎がなぜわずか2カ月で柱に登り詰めるほどの天才児だったのか。その理由は、彼が継国巌勝の直系の子孫であった点に集約されます。
巌勝は鬼殺隊に入る前、妻と子どもをもうけていました。家督と妻子を捨てて剣の道へと狂奔したため、その残された血脈が何百年もの時を経て「時透家」へと受け継がれていたのです。無限城での戦いにおいて、黒死牟は無一郎と対峙した瞬間に血の匂いと容貌から自らの末裔であると見抜き、「我が血族」として鬼への勧誘を試みました。
しかし、無一郎はその誘いを断固として拒絶。先祖である巌勝が捨て去った「誰かのために命を懸ける心」を燃やし、命を賭して黒死牟撃破の突破口を切り開くことになります。