なぜ天野ひろゆきは、派手な散財が美徳とされがちだった平成の芸能界において、ストイックなまでに資産防衛へ傾倒したのでしょうか。その原点には、芸能人という職業が抱える根源的な脆さと、相方であるウド鈴木の存在が深く関わっています。
当時の特番インタビューや自著・手記で語られた「来年は仕事がゼロになるかもしれないという恐怖が常にあった」という生の告白が、彼の原動力を端的に表しています。愛知県の堅実な家庭に育ち、日本大学国際関係学部で学んだ天野は、若くしてブレイクを果たした直後から、人気の不確実性を冷静に見つめていました。給与明細の数字が跳ね上がる一方で、翌月の保証が一切ないフリーランス特有の恐怖感が、彼を「生活防衛」へと突き動かしたのです。
さらに決定打となったのが、愛すべき相方・ウド鈴木の奔放な金銭感覚でした。若手時代、借金や無計画な支出に頭を悩ませていたウド鈴木を目の当たりにし、天野は「コンビのブレインとして、万が一ウドちゃんが困ったときでも自分が食わせていける基盤を作らなければならない」という強い保護意識を抱くに至ります。心理学でいう「共依存」の罠に陥ることなく、極めて健全な境界線を保ちながら相方を守るための防波堤として選んだ手段が、感情に左右されない金融リテラシーの獲得でした。