ネット上や一部の週刊誌報道では、「細木数子は単なる遺産目当ての詐欺師だった」「六星占術は安岡思想の丸パクリである」といった極端な言説が散見されます。しかし、歴史的事実を丹念に検証すると、より複雑な実像が見えてきます。
第一の誤解は、細木数子が安岡の遺産を奪い取ったという言説です。前述の通り、婚姻無効の確定によって細木数子は安岡家の物質的遺産を一切相続していません。法的な敗北を喫した細木数子ですが、彼女が得た最大の財産は金銭ではなく、安岡正篤という「東洋哲学の最高権威に最も近づいた女性」という無形のブランド価値でした。
第二に、六星占術との関係性です。安岡正篤が説いたのは儒教・陽明学に基づく実践道徳哲学であり、運命鑑定や占いではありません。ただし細木数子は、安岡の側近として過ごした濃密な時間の中で、易経や東洋天文学の根本概念、そして権力者たちが何を恐れ、何に縋るのかという「人間心理の本質」を徹底的に吸収しました。これらを四柱推命や算命学と融合させて大衆向けにパッケージ化したものが、後の六星占術です。挫折を最大の起爆剤へと転換させた彼女のプロデュース能力は、類を見ないものだったと言えます。