みやぞんの出自を語る上で欠かせないのが、東京都足立区で過ごした幼少期の生い立ちと、規格外に複雑な家族関係です。
みやぞんの通名(日本名)は「宮園大耕(みやぞの だいこう)」、帰化前の本名は「金大耕(キム・テギョン)」であることが公的記録等から確認されています。家庭は貧しい母子家庭で、みやぞんの上には4人の姉がおり、5人姉弟の末っ子として育ちました。
しかし、その兄弟構成の背景は一筋縄ではいきません。母親には複数の婚姻歴があり、長女・次女の父親、三女・四女の父親、そして末っ子であるみやぞんの父親はそれぞれ異なっています。さらに衝撃的なのは、みやぞん自身が幼少期から「近所の優しいプラスチック工場の社長」として慕い、よく遊んでもらっていた男性が、実は実の父親であったという事実です。これも中学時代、母親から何気ない会話の中で「あの社長があなたのお父さんだよ」とあっさり明かされたと述懐しています。
客観的に見れば極めて複雑で過酷な家庭環境ですが、みやぞんがグレることなく真っ直ぐに育った背景には、母親の類まれなる教育方針がありました。「貧乏を悲しむのではなく楽しむ」「人との違いを気にしない」という母親の底抜けに明るい愛情が、彼の自己肯定感を強固に育みました。どんな逆境であっても笑顔で受け止める精神力は、この足立区の下町情緒と母の包容力によって培われたものです。