ミッキー・マッケンジーの離婚理由について、当時のタブロイド紙は多忙による生活の不一致やカルチャーギャップといった紋切り型の表現で片付けようとしました。しかし、彼女が後に発表した手記や自叙伝において告白された真実は、はるかに痛切なものでした。
新婚生活が始まって間もなく、マッケンジーは待望の第一子を妊娠します。母になる喜びに満ち溢れていた矢先、悲劇的な流産に見舞われました。さらにその後、再び授かった命も妊娠後期において死産という過酷な運命をたどることになります。わずかな期間に2度も我が子を失うという耐え難い肉体的・精神的ショックは、彼女の心身を限界まで追いつめました。
自叙伝に記された手記によると、異国の地で言葉の壁に囲まれ、周囲に相談できる近親者もいない中での喪失体験は、計り知れない孤独感を生み出しました。一方で、当代随一の人気俳優であった水谷豊は連日の撮影や舞台公演に忙殺され、家を空ける日々が常態化していました。決して水谷豊に悪気があったわけではなく、仕事を全うする責任感ゆえの不在でしたが、暗闇のなかで寄り添いを求めていた妻との間には、修復しがたい感情の落差が広がっていきました。
「夫を愛しているからこそ、多忙な仕事を邪魔してはいけない」という遠慮と、「今すぐそばにいて抱きしめてほしい」という悲痛な叫び。その板挟みの中でマッケンジーのメンタルヘルスは急速に悪化し、やがて療養のためにアメリカへ帰国せざるを得なくなりました。物理的な別居生活が長期化するにつれ、ふたりの結婚生活は実質的な終わりを迎えていきます。