彼女の躍進は、お茶の間の象徴であったテレビ画面にも革命をもたらした。1972年、外国人ソロ歌手として初となるNHK紅白歌合戦への出場を果たす。煌びやかな衣装、身体全体でリズムを刻む躍動的なアクション、そしてマイクを自在に操りながら会場を支配するカリスマ性。そこには既存の枠組みに収まりきらない本物のエンターテイナーの姿があった。
当時の昭和歌謡界において、型通りの振る舞いを軽やかに飛び越え、自らのアイデンティティを堂々と誇示するステージングは痛快ですらあった。彼女の成功は、後のアジア出身アーティストたちが日本市場へ進出する強固な足がかりとなり、閉鎖的だった国内の音楽シーンに風穴を開けたのである。