なぜこの商店街に、昭和の大物政治家の名が冠されているのか。首をかしげる来訪者は少なくない。その答えは、日本の高度経済成長を象徴する激動の歴史の中にあった。
1960年代後半、元総理大臣である田中角栄が設立に深く関わった「角栄建設」は、埼玉県川越市霞ヶ関地区において、当時としては画期的なメガニュータウン「霞ヶ関カンツリータウン」の開発に着手した。その大規模な都市計画・商店街振興の中心的な購買拠点として整備されたのが、この商店街である。単なる商業スペースではなく、住民のコミュニティ空間として設計された背景がある。
「当時は毎日が祭りのような賑わいでしたよ」と、創業当時から店を構える老舗の主人は振り返る。田中角栄が掲げた「日本列島改造論」の息吹が、この郊外の街角にも確かに息づいていた。時代の波に揉まれながらも、当時の建築構造や区画が今なおほぼそのままの形で維持されている点は、都市開発史の観点からも極めて貴重と言える。