手塚治虫とやなせたかしの関係の真相|虫プロ秘話と天才が嫉妬した才能

手塚治虫とやなせたかしの関係の真相|虫プロ秘話と天才が嫉妬した才能

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二人の関係が最も濃密に交錯した歴史的事件が、1969年に公開された虫プロダクション制作のアニメーション映画『千夜一夜物語』です。

当時、テレビアニメ『鉄腕アトム』でアニメーションの大量生産システムを構築した手塚治虫は、次なる挑戦として「大人の鑑賞に堪えうるエロティシズムと芸術性を兼ね備えた劇場用アニメーション(アニメラマ)」を企画。その第1作として選ばれたのがアラビアンナイトを題材にした『千夜一夜物語』でした。

この巨大プロジェクトにおいて、手塚治虫が自ら指名し、キャラクターデザインと美術設定を託したのがやなせたかしでした。

項目手塚治虫(虫プロ側)やなせたかし(制作参加側)現場の実態と歴史的評価映画制作時の年齢40歳(脂の乗り切った巨匠)50歳(漫画家としては模索期)9歳の年齢差を越えた異例のトップタッグオファーの経緯「やなせさんの大人向けのエスプリとデザインが必要」と直談判「漫画の神様からの突然の指名」に驚喜し快諾少年漫画のタッチとは一線を画す大人の造形美を求めた担当業務と熱量原案・構成・総合指揮キャラクター原案、美術設定、数千枚に及ぶスケッチやなせは虫プロ近くに泊まり込み、膨大な原画を描き下ろした興行結果と影響興行収入約3億円強(当時異例の大ヒット)アニメーション美術家として業界内外で絶賛後の『クレオパトラ』(1970年)などシリーズ化の原動力に

当時、虫プロダクションの現場はまさに戦場でした。手塚治虫の天才的なひらめきと急な設定変更、過酷なスケジュールにアニメーターたちが疲弊する中、やなせは手塚の情熱を真正面から受け止めました。主人公アルディンの冒険、妖艶な女性たちの造形、幻想的な砂漠の風景など、やなせが描いたキャラクターデザインは、それまでの日本のアニメーションにはなかった「大人の色気と哀愁」を画面にもたらしたのです。

後にやなせは「手塚さんは私を使ってくれた大恩人。あの仕事がなかったら、アニメーションという表現の面白さや底力に気づくことはなかった」と語っており、虫プロでの経験が、のちに『アンパンマン』をアニメ化する際の演出理解やビジュアル感覚の強固な土台となりました。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。