二人の関係が最も濃密に交錯した歴史的事件が、1969年に公開された虫プロダクション制作のアニメーション映画『千夜一夜物語』です。
当時、テレビアニメ『鉄腕アトム』でアニメーションの大量生産システムを構築した手塚治虫は、次なる挑戦として「大人の鑑賞に堪えうるエロティシズムと芸術性を兼ね備えた劇場用アニメーション(アニメラマ)」を企画。その第1作として選ばれたのがアラビアンナイトを題材にした『千夜一夜物語』でした。
この巨大プロジェクトにおいて、手塚治虫が自ら指名し、キャラクターデザインと美術設定を託したのがやなせたかしでした。
当時、虫プロダクションの現場はまさに戦場でした。手塚治虫の天才的なひらめきと急な設定変更、過酷なスケジュールにアニメーターたちが疲弊する中、やなせは手塚の情熱を真正面から受け止めました。主人公アルディンの冒険、妖艶な女性たちの造形、幻想的な砂漠の風景など、やなせが描いたキャラクターデザインは、それまでの日本のアニメーションにはなかった「大人の色気と哀愁」を画面にもたらしたのです。
後にやなせは「手塚さんは私を使ってくれた大恩人。あの仕事がなかったら、アニメーションという表現の面白さや底力に気づくことはなかった」と語っており、虫プロでの経験が、のちに『アンパンマン』をアニメ化する際の演出理解やビジュアル感覚の強固な土台となりました。