まず押さえておきたいのが難読地名としても挙げられるその名称です。雙ヶ岡の読み方は「ならびがおか」であり、現代の表記では「双ヶ丘」と書かれるケースも多く見られます。南北約1kmにわたって3つの丘が並び立つ特徴的な山容からその名が付けられ、古今和歌集をはじめとする古典文学にも数多く詠み込まれてきました。
文化財保護法に基づく名勝指定の理由として特筆すべきは、古代から続く原地形の保存状態と、平安京造営時の基準点の一つとなった文化的景観価値の高さです。平安時代には天皇の遊猟地や貴族の別荘地として愛好され、風光明媚な景観が厳格に守られてきました。
中世に入ると、随筆『徒然草』の著者として名高い吉田兼好が雙ヶ岡の南西麓に草庵を結び、晩年を過ごしたと伝えられています。「つれづれなるままに」と筆を執った兼好法師は、この丘の静寂と四季の移ろいを眺めながら、無常観と鋭い人間観察に満ちた名文を紡ぎ出しました。丘の周辺には兼好法師の旧跡を示す石碑が今も佇み、文学の舞台としての情感を色濃く残しています。