太地喜和子(本名:太地喜和子/たいち きわこ)は1943年12月2日、東京都中央区銀座に生まれました。幼少期から華やかな芸能の世界に親しみ、東洋音楽学校(現・東京音楽大学)付属高校を中退後、1962年に第7期東映ニューフェイスへ合格。映画界へ足を踏み入れます。
映画界の斜陽期と重なったこともあり、東映での映画出演を経て、彼女は本格的な演技の道を志して演劇の名門「劇団文学座」の研究所に入所します。ここで彼女の天賦の才能が開花しました。昭和を代表する大女優・杉村春子にその類まれな資質を見出され、厳しい指導を受けながら頭角を現していきます。
1967年に文学座の座員に昇格すると、『欲望という名の電車』のブランチ役、『近松心中物語』のお亀役、『華岡青洲の妻』など、古典から現代劇まで圧倒的な情念と艶やかさで演じ切り、瞬く間に劇団の看板女優へと駆け上がりました。舞台上で放たれる声の艶、しなやかな身のこなし、観客の視線を一身に集める存在感は、「杉村春子の正統なる後継者」として演劇界全体の期待を一身に背負う存在となっていったのです。