インターネット上の掲示板や週刊誌アーカイブにおいて、長年にわたり検索され続けているのが「黒柳徹子の弟は実は息子ではないか」という疑惑です。この噂の発端は、三男・貴之氏が誕生した1957年(昭和32年)の時代背景にありました。
当時、母の朝さんは47歳での高齢出産でした。一方の徹子さんは24歳であり、NHKの専属テレビ女優として爆発的な人気を獲得し、多忙を極めていた時期に重なります。未婚で多忙なトップスターの家庭に突如として乳児が誕生したことから、当時のゴシップ誌が「世間体を気にして、徹子が生んだ隠し子を母親の戸籍に入れたのではないか」という憶測記事を書き立てたのです。
しかし、この噂は完全な虚偽であることが関係者の証言および戸籍記録から明白に証明されています。
母・朝さんは自著『チョッちゃんが行くわよ』などの手記の中で、高齢出産に伴う周囲の好奇の目や週刊誌の無責任な報道に対し、「自分が産んだ正真正銘の我が子である」とユーモアを交えつつ毅然と反論。徹子さん本人もインタビュー番組などで「私が24歳のときに生まれた弟だから、母と一緒にオムツを替えて可愛がっただけなのに、いつの間にか私の子供だと言われて本当に驚いた」と苦笑交じりに語っています。