King Gnuが既存のJ-POPや邦楽ロックの枠組みを根底から覆した最大の要因は、メンバーそれぞれが歩んできた特異なバックボーンにあります。「芸大卒のエリート」という看板だけでは語り尽くせない、4人の生々しい音楽修業の歩みを見てみましょう。
まずバンドの主宰者である常田大希は、長野県伊那市出身。幼少期からチェロを学び、国内最難関の芸術大学である東京藝術大学音楽学部器楽科チェロ専攻へ現役合格を果たしました。しかし、「大学で学ぶ音楽と、自分が社会に向けて鳴らしたい音楽の間に乖離を感じた」として、入学からわずか1年足らずで中退を決断。社会のストリートカルチャーやヒップホップ、アヴァンギャルドな現代音楽をどん欲に吸収し、自身のクリエイティブチーム「PERIMETRON」や前身バンド「Srv.Vinci(サーヴァ・ヴィンチ)」の立ち上げへと突き進みました。
一方、稀代のハイトーンボイスで聴く者の心を揺さぶる井口理も、常田と同じく長野県伊那市出身で小中学校の幼馴染でした。井口は東京藝術大学声楽科を正規卒業した正真正銘のテノール歌手です。ドイツ歌曲やオペラで培った精密なピッチ感、呼吸法、そして圧倒的なダイナミクスレンジは、常田が作る複雑で難解な旋律を大衆の胸に突き刺さるポップスへと昇華させる不可欠なファクターとなりました。
そして、この2人の藝大生を強靭なアンサンブルで支えたのが、リズム隊の2人です。ベースの新井和輝は一般大学である東京経済大学に通いながら、日本のジャズ界のレジェンド・鈴木勲氏の門を叩き、住み込みに近い形でジャムセッションの武者修行を重ねた叩き上げのベーシスト。ドラムの勢喜遊は、プロミュージシャンの両親のもとで幼少期から電子ドラムに親しみ、高校卒業後に徳島から上京。都内のジャズバーやセッションシーンでその名を轟かせていました。
「クラシックの精緻な理論」と「ストリート・ジャズの野性的な即興性」。水と油のように異なる2つの潮流が新宿や渋谷の地下セッションバーで激突したことこそが、King Gnu結成の最大の特異点でした。